鬼の穴
いつも通る山道の脇に、人が一人入れるくらいの小さい穴があります。
昔の防空壕だったとか。
娘はそれを「鬼の穴」と呼んでいて、夜になると鬼が寝に戻ってくると信じています。側を通る時はいつも、神妙な面持ちなのが可笑しい。 ずっと覗き込んでいる時もあります。 見えない物を見る力が、小さい子には備わっているんでしょう。
山の公園化が決定して、道が整備され、標識や階段が出来ました。 お陰で私も安心して通園路に使わせてもらっています。しかし山の精霊たちは、少々棲みづらくなってしまったかも知れません。
見えない物を見る力は、やがて抽象概念を理解する力となり、 芸術を理解する下地にもなります。
鬼たちのテリトリーが狭くなると、人間の創造力も小さくなってしまう。 そのままで残すことも考えなければ、と思います。
鬼がこの子の相手をしてくれるのは、何歳頃までなんでしょうか。 娘が私と手を繋いで歩いてくれるのは、あと何年。
子どもは一度大きくなってしまったら、また小さくなってはくれません。 そう思うと、今この時間がとても貴重なものに思えてきます。
離れがたい。愛おしい。
そんな気持ちを何となく飼い慣らしながら、 今日もゆっくりゆっくり歩くのです。